通常歩行速度は、日常生活で最も頻繁な歩行速度で、45歳以降の健康との密接な関係を解明した学術論文が多数あります。以下、歩行速度と略しています。
(1.45歳時点の歩行速度と中年期の老化や生涯にわたる脳の健康)
Association of Neurocognitive and Physical Function with Gait Speed in Midlife
ニュージーランドの904名を対象とした50 年間のコホート研究では、45歳時点の歩行速度と、脳の体積や皮質の厚さの減少などを含む加齢の加速が関連していました。https://jamanetwork.com/journals/jamanetworkopen/fullarticle/2752818
(2.55歳以降の歩行速度とサクセスフルエイジング)
Physical Activity at Midlife in Relation to Successful Survival in Women at Age 70 Years or Older
米国の13,535名の看護師を対象とした研究で、70歳過ぎのサクセスフルエイジングと、その9~15年前の歩行速度が関連していました。サクセスフルエイジングは、(1) がん、糖尿病、心筋梗などの重篤な疾病がない、(2) 認知機能に障害がない、(3) 身体障害がない、(4)メンタルヘルスが良好と定義されています。https://doi.org/10.1001/archinternmed.2009.503
(3.中高年の歩行速度と心血管系死亡リスク)
Association of walking pace and handgrip strength with all-cause, cardiovascular, and cancer mortality
英国の430,727名のがんや心臓病に罹っていない中高年を対象とした大規模研究では、 歩行速度は全ての死因および心血管系の死亡リスク評価指標として有効な可能性があるとしています。
https://academic.oup.com/eurheartj/article/38/43/3232/4090989
(4.中年後期の歩行速度と死亡率)
Association of walking speed in late midlife with mortality: results from the Whitehall II cohort study
英国の長寿研究の中の6,266名の6年以上の追跡研究で、歩行速度が死亡率と関係していることが示されました。
https://link.springer.com/article/10.1007/s11357-012-9387-9
(5.歩行速度とテロメアの長さ=細胞の若さ指標)
Investigation of a UK biobank cohort reveals causal associations of self-reported walking pace with telomere length
英国の40万人規模(平均年齢56.5歳)の研究で、歩くペースが速いほど テロメアの長さが長くなるという因果関係がある可能性が示されました。https://www.nature.com/articles/s42003-022-03323-x
(6.歩行速度と脳卒中)
Association Between Walking Pace and Stroke Incidence
英国の363,137名(37歳から73歳)の6年強の追跡研究で、64歳以上では歩行速度が脳卒中リスクを高めることに関連していました。https://www.ahajournals.org/doi/10.1161/STROKEAHA.119.028064#:~:text=Slow%20walking%20pace%20was%20associated,1.66%5D%3B%20P%3C0.0001
(7.歩行速度の改善と死亡率)
Improvement in Usual Gait Speed Predicts Better Survival in Older Adults
米国439名の研究では、1年間の通常歩行速度の改善は、死亡率の大幅な低下を予測し、高齢者にとって有用な「バイタル サイン」になる可能性があるとしています。
https://agsjournals.onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/j.1532-5415.2007.01413.x
(8.歩行速度と生物学的年齢)
How fast you walk says a lot about your health
学術研究ではなく、南カルフォルニア大学の記事ですが、“将来的には、医師は歩行速度を使用して、人の生物学的年齢を判断するのに役立つ可能性がある”と研究者が述べています。
https://hscnews.usc.edu/how-fast-you-walk-says-a-lot-about-your-health
(9.歩行速度と新型コロナ重症化リスク)
Obesity, walking pace and risk of severe COVID-19 and mortality: analysis of UK Biobank
英国の412,596名の研究で、肥満とは別に、遅い歩行速度が重症化リスクを高めるという研究結果が報告されました。
https://www.nature.com/articles/s41366-021-00771-z#:~:text=shown%20in%20Fig.-,1.,2.42%20(1.53%2C%203.84)
(10.歩行率とプレフレイル/フレイル)
以下は、歩行速度ではなく歩行率(1分間当たりの歩数)で健常者とプレフレイル(前虚弱)/フレイル(虚弱)を判別できるという研究です。
Wearable Sensors Technology as a Tool for Discriminating Frailty Levels During Instrumented Gait Analysis
センサーを身に着けた133名の研究で、歩行周期1.19 秒、歩行率101歩/分) の判断基準により、十分な感度でプレフレイルまたはフレイルと健常者を識別しました。https://www.mdpi.com/2076-3417/10/23/8451/htm
Frailty and Technology: A Systematic Review of Gait Analysis in Those with Frailty
複数の学術研究を重ね合わせた研究で、健常者とプレフレイルの判断指標は歩行率の減少と歩幅の変動の拡大であるのに対し、プレフレイルとフレイル では普段の歩幅の狭まりと二足で立っている時間の増加によって特徴付けられるとしています。
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/23949441/
(11.歩行速度と運動認知リスク症候群)
運動認知リスク症候群は、自己申告の認知症の症状と遅い歩行が組み合わさった前認知症の特質で、認知症を予測することが示されています。(バギーズ教授の記事)
歩行速度は、認知症だけでなく転倒、虚弱、障害などの他の老年症候群も予測する老年バイタルサインと呼ばれています。歩行と認知のどちらが原因で他方が結果なのかはまだ明確ではありませんが、疫学研究では可動性を改善するための定期的な運動が認知症リスクを低下させるという観察結果があります。年0.05m/秒の速度低下は重要なシグナルです。
https://jamanetwork.com/journals/jamanetworkopen/fullarticle/2792824
Motoric Cognitive Risk Syndrome: A Risk Factor for Cognitive Impairment and Dementia in Different Populations
歩行は、中枢および末梢神経制御メカニズムが複雑に作用する動きです。近い脳領域が歩行機能と認知機能の両方、特に前頭葉と前頭葉関連のネットワークを制御します。認知トレーニングまたは脳刺激のいずれかによって執行機能を強化するためのパイロット介入試験では、歩行速度の改善が示されています。
https://www.e-agmr.org/journal/view.php?doi=10.4235/agmr.20.0001
(12.歩行速度と脳の灰白質)
Association between gait, cognition, and gray matter volumes in mild cognitive impairment and healthy controls
イタリアの認知機能が正常な人と軽度認障害の人、各43名の脳の灰白質を調べた研究では、灰白質の体積と歩行速度が関連していました。https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/31977569/
(13.歩行速度と軽度認知障害、認知症)
Walking Speed, Cognitive Function, and Dementia Risk in the English Longitudinal Study of Ageing (usual speed)
英国の60歳以上の3,932名を対象とした14年間の研究では、歩行速度が遅く、時間の経過とともに速度が大幅に低下した人は、認知の変化とは無関係に認知症を発症するリスクが高くなりました。https://agsjournals.onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1111/jgs.15312
The trajectory of gait speed preceding MCI
米国の204名の最長20年間の追跡研究では、歩行速度を指標とした運動機能の低下は、MCI(軽度認知障害)発症の12 年前までに加速している先行指標でした。https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2921227/
Reduced Walking Speed in Subjective and Mild Cognitive Impairment: A Cross-Sectional Study
ノルウェイの69名の研究では、通常の歩行速度は、認知障害の初期症状とともに段階的に低下し、神経変性の非常に初期の段階で影響を受ける可能性があることを示唆していました。
https://journals.lww.com/jgpt/Fulltext/2019/07000/Reduced_Walking_Speed_in_Subjective_and_Mild.29.aspx
(14.歩行速度と健康リスク)
Prognostic Value of Usual Gait Speed in Well-Functioning Older People—Results from the Health, Aging and Body Composition Study
米国の身体機能が正常な3,047名(平均年齢74.2歳)の4.9年間の追跡研究で、通常歩行速度が1m/秒未満は、重度の下肢障害、死亡、入院などの健康に関連するリスクが高かった。
https://agsjournals.onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/j.1532-5415.2005.53501.x